(プロフィール)
三度目の司法試験に挫折した直後(37歳)に、参議院選挙の手伝いをしたことがキッカケで国会議員政策秘書に転身。6人の国会議員の秘書や選挙実務を経験して15年間独自のノウハウを積み上げる。
'12年総選挙の前に、かつて自身が経験した秘書浪人時代の苦しい経験から受け皿になりたいと秘書退職。失業秘書と新人議員の人材紹介事業「議員秘書ドットコム」を立ち上げ、マスコミに注目され多数掲載。’14年秋から立候補者養成講座など本格的事業展開を開始予定。
●幼少~学生時代ー
厳格な家庭で、いつも「跡継ぎ候補」。
短大で法律と出会ったことが私の人生を大きく変えました!!
小学生の頃は、内気で泣き虫、いつも教室のカーテンに隠れて泣いていたのを覚えています。唯一体育の時間だけが胸を張れる時間で、走るのが得意、徒競走はいつも1番でした。中学では内気さは影をひそめ、女子バレーボール部に所属、キャプテンを務めました。本家の初孫で、2人姉妹の長女だったこともあり、いつも「跡継ぎ」筆頭とされ、中学時代の親の方針は「お見合い結婚するためには公立高校に合格する!!」ことでした。
公立高校には何とか合格したものの、願っていた高校とは別の高校への出願だったこともあり、失意のスタート。所属していた美術部では、エアブラシで描いた作品で銀賞を頂いたことから、うっかり美術の才能があると勘違いし、通い始めた美大予備校で見た木炭スケッチの現実に唖然として断念。
当時、縁談の条件は「女は高学歴であってはならない」という時代で、「跡継ぎ」の私は、大学進学が許されませんでした。親の希望通り地元の銀行に内定を頂きましたが、入社直前の健康診断で怪しげな病気もどきが見つかり、内定取り消しに。(後に間違いだったことが判り、ホッとしました)
進路が絶たれた私に渋々許されたのが、地元の短大進学。憧れの大学生活で受けた授業の影響で世の片隅で泣いている人を助ける弁護士になりたい!!という強い夢を持つようになりました。私の人生の方向性がみえた時期です。
●議員秘書への道ー
勘当同然で弁護士目指して上京、受験勉強&バイト生活。
疲労困憊で栄養失調、救急搬送。運命的な出会いで即結婚!!
短大卒業後、弁護士を目指して上京しました。勿論親は大反対でしたので、半ば勘当に近い状況でした。駿台午前部で東大受験の勉強をしながら、アルバイトは家庭教師。睡眠不足と、生活費の為のアルバイト、大学受験の猛勉強が祟り、予備校に向かう電車の中で倒れ意識不明で病院へ搬送。意識が戻らない間に、たまたま手帳に書いてあった電話番号に連絡され、ただの知り合いだった人に「僕と結婚したら勉強させてあげる」という言葉にほだされて即結婚。20歳のことでした。
22歳で受験勉強をしながら、第1子を出産。「弁護士になるなら東大しかない!」とラジオ講座も続けていましたが、度重なる子どもの病気で東大受験を断念。3人の子供に恵まれましたが、この頃既に破綻していた夫婦関係は清算の方向に。
諦めきれず続けた司法試験は3度目の挫折で、とうとう貯金が底をつき、憂さ晴らしに行った参議院選挙の手伝いがこの道に進むきっかけに。38歳のことです。
●議員秘書から、起業のキッカケー
優秀な秘書ほど、次の職に恵まれない…。
現場の課題から生まれた「議員秘書の人材紹介業」!!
議員秘書になったとはいえ、右翼と左翼の区別もつかず、トンチンカンな毎日。スッカラカンになった貯金通帳にほんの僅かずつでもお金が貯まっていくことが有難く、毎日必死で働きました。この時、仕事を教えてくれる人が誰もいなくて、会議に出てもメモはカタカナ(サシカエ?ヤリコン?・・・)の専門用語ばかりで最初の頃は解らないことだらけでした。通常国会の一年間の流れ、委員会、部門会議、選挙、後援会、霞が関回り、付き合い、お酒の席・・・。この時、誰も教えてくれる人が居なかったことが今の仕事に繋がっています。
議員会館で始まる朝の会議は7時半スタート。全方位に気を配り神経を擦り減らされる大変な毎日でしたが、子どもの食事だけは手を抜きませんでした。食事は全て手作りが自分に課した約束。帰宅後、夕食を済ませてから翌朝の朝食、お弁当、翌日の夕食の下ごしらえを終えて眠りにつくのは夜中の2時。5時にはお弁当作りの為に起床。この生活が15年続きました。
法律の勉強は好きでしたので、資格を取得して政策秘書に昇格。その後、6人の国会議員の秘書を15年(公設秘書や秘書浪人時代も含めて)務めました。
その間大変だったのが、議員が落選した際の次の職場探しでした。公設秘書は、衆議院の場合解散と同時に失職するので、当然お給料は出なくなります。選挙期間中は無給で働くことも多く、候補者がめでたく当選し公設秘書として再雇用されると、選挙期間も遡ってお給料が支払われますが、一定期間内に公設秘書として再雇用されないと遡って計算されません。ですから落選議員の秘書は選挙後の僅かな期間に、選挙後の事務処理や他のスタッフの就職斡旋などに翻弄されながら自分の次の仕え先を探すのは至難の業といえます。「秘書の秘は秘密の秘」と教わり、他議員との業務以外での接触は極力控えるのが当然でしたので、優秀で真面目に職務を全うしようとする秘書ほど、議員が落選した場合に次の職場に恵まれないのが実情でした。
そんな苦労をしている間に芽生えたのが、「議員秘書の人財紹介」というビジネスアイデアでした。議員側は「優秀な秘書が欲しいが、どこにそんな人材がいるのかわからない」、一方実務経験のある秘書は「どの議員が秘書を探しているのかわからない」、国会議員と議員秘書のマッチングは、円滑な国会運営に直接貢献することになると考えました。公設秘書3名の枠、私設秘書のトップ枠を議員はどう人材配置するのか。これは議員にとって重要なマネジメントの第1歩なのですが、選挙直後の環境が激変する短期間に、先輩議員の紹介など情報の無い中で決定せざるを得ないのが現状でした。
'12年、野田政権で消費税増税解散の噂がたち始めた9月に秘書を辞職。大量に職を失うであろう議員秘書の役に立ちたいと株式会社InStyle、通称「議員秘書ドットコム」事業を本格起動したのです。
●起業後のエピソードー
日本で初めての議員秘書人材紹介業・・・。
2度の政権交代選挙で、注目される結果に!!
議員秘書の人材紹介、とにかく日本で初めての事業サービスですので受け入れられるのか不安もありましたが、お世話になった国会議員の先生や初当選の先生からご依頼頂き、秘書紹介事業がスタートしました。選挙後しばらくすると秘書の人材紹介の仕事は落ち着いてきましたので、秘書教育の講座も手掛けるようになりました。
そして2年後の’12年12月、安部内閣への自民政権交代選挙にも、250人以上の現職議員が落選し1000人規模の秘書が失職したのです。このことは新聞、テレビ、週刊誌などマスコミでも取り上げられ話題となり、併せて議員秘書の人材紹介会社として弊社が紹介され認知度も上がりました。選挙後に議員会館にチラシを配ると、民主党や日本未来の党を中心に200件以上の問い合わせが殺到しました。
また、新人議員と同様に新人秘書も多かったため、新人秘書向けの「議員秘書入門セミナー」も満員御礼となったのです。これは自分が秘書新人時代に困った国会のイロハを、濃縮して伝授する二日間のセミナーで、参加された方々からはともて実用的だったというご評価を頂きました。
●これからの夢・目標ー
国会のハローワークを目指して…。
議員秘書紹介業、今後は教育事業にも注力したい!!
色々調べてみると、議員秘書は失職してハローワークへ行っても「議員秘書」という職業欄がありません。公設秘書は国家公務員特別職でもあるのに。
また「13歳のハローワーク」にも掲載されておらず、一般的に「議員秘書」という職業はまだまだ認知されていません。就職先職業一覧に「議員秘書」という項目ができるようになること、少しでもこの職業を知って頂きたく、インターネットの「13歳のハローワーク」には「政治家秘書」「国会議員政策担当秘書」という職業を載せていただきました(笑。
子どもや一般の方にも政治を身近に感じて頂く活動や、秘書や政治家志望の人が縁故が無くともその道に進めるような道筋を、また、鍛えられた議員秘書のスキルを活かし民間企業で活躍する官民交流の仕組み作りとなる「回転扉」をつくることをライフワークにしたいと思います。優秀な秘書の存在は、議員が職責を全うするうえで欠かせないものです。これまで、縁故でしかなかった議員秘書への登竜門を公につくること、そして「議員秘書養成講座」で優秀な議員秘書を養成することは、非常に重要な課題だと考えています。
今年1月に新事務所にセミナールームを併設し、今後は人財紹介事業に加えて、セミナー事業も本格展開して参ります。今春からは、「議員秘書講座」や、地方議員を目指す方のための最小の努力で最大の効果を目指す「立候補者養成講座(仮)」などをスタートします。若い方には政治をもっと身近に感じてほしいですし、社会人現役を引退した方々には、地域の為に自治体議員を目指してほしいのです。定年退職後、体力もあってスポーツジムに通っているのでしたら、その時間と体力で地域を支える力となるべく、自治体議員として活躍して頂きたいのです。私は皆さんにその可能性がある!ということを知って頂きたいと考えています。
おおらかに失敗し、また挑戦することのできる社会、明るく健全な日本の未来のために、今の私にできること全てに挑んで参りたいと考えています。長い時間お読み頂き有難うございました。どうぞ宜しくお願いいたします。
●鈴鹿久美子さんの座右の銘
「人生の中で今日が一番若い!! by Kumiko」
●「公設秘書」Wikipedeiaより
個人給与を国費で負担する国会議員の秘書(身分は国家公務員特別職)のことで、政策担当秘書、公設第一秘書・第二秘書の3人を置くことが国会法で認められている。
▼株式会社インスタイルのホームページ
http://www.instyle-co.jp/
▼鈴鹿久美子facebook個人ページ
https://www.facebook.com/kumiko.suzuka.7
▼「13歳からのハローワーク公式ページ」政治家秘書
http://www.13hw.com/jobcontent/J000100431-a.html
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